ブロンプトンの民主化を要求する
ブロンプトン(Brompton)という自転車がある。折りたたみ自転車の代表的なものの一つで、1980年代に製造されてから30年ちかく、大きなモデルチェンジもなしに生産され続けている。折りたたんだ時のサイズは、世の中に折りたたみ自転車は数あれど、ブロンプトンより小さな自転車など無いのではないかと思われるほど、限界まで小さくなる。
↑この、少しカーブを描くトップチューブが、まるで世界で最も美しい車・ジャガーEタイプを想起させる。折りたたみの機能美と実用性、そしてデザイン性を兼ね備えたブロンプトンは、まさにイギリスの名車と呼ぶにふさわしい…という寝言が出てくる。
ブロンプトン登場時から今の今まで、多数の折りたたみ自転車が世界中で作られてきたにも関わらず、これ以上小さな折りたたみ自転車は(自分の観測範囲では)存在しないのだから、この折りたたみ方式…名前がないので便宜上「ブロンプトン方式」と呼ぶことにするが…これが究極の折りたたみ方式である。少なくとも、16インチタイヤを履いた自転車の中では、ブロンプトンより小さく折り畳める自転車は無いだろう。
他のメーカーは、こぞってフレームの中程から二つ折りにするような方式の自転車を製造しているのだけど、全くの無駄、という感じがする。もっとも、例えばDAHONなどのメーカーはアメリカ企業で、車のトランクに積み込めばいい、という割り切りで作っているのかもしれない。輪行するために、折りたたんだ後の寸法は小さければ小さいほど良い、と思っているのは、少なくともアメリカではニューヨーカーだけなのか?
そんなブロンプトンだけど、Made in Londonを売り物にしており、一般的に工場というものは土地代の安い郊外に作るものだが、これが世界でも有数の土地代の高い街・ロンドンに工場を構えているというだけで、そこで作らえる製品の値段は安くはないな、と想像できる。一時期、台湾にある協力工場で作っていた事があったのだけど、どうもネットで調べた限りではそこで作られる製品の品質に満足が行かなかったので、すべて自社工場で生産しているとのこと。これが小金持ちをして「イギリスの名車」を買わせる理由の1つになっているのだろう。私のような貧乏人の僻み根性から言わせてもらえば、この21世紀にメイド・イン・どこ、なんてものに何の意味もなく、品質管理さえ同じであれば、製造場所がリビアだろうと北朝鮮だろうと、同じものが作られなければならない、というのが当節の製造業というものだろう、と思っているのだけど、この認識は間違っているだろうか?
これがイギリスでポンド建ての給料をもらっており、1ポンド100円程度の感覚で生活している人にとっては、イギリスで購入するブロンプトンが、その値段£1,100から、というのは決して安くはないとはいえ、今後10年をこの自転車と共に暮らそうという覚悟があれば1年1万円であり高くもないかもしれない。
しかし2018年9月現在、£1=¥146の為替レートで、もし£1,100のエントリーモデルのブロンプトンを買おうとしても、日本円で給料をもらい、日本円で暮らしている私は大枚16万円を払う必要があり、そこに輸入代理店のマージンやら税金やらが加算されると、なんと21万円。そりゃイギリスだって消費税が20%を超えるようなので、11万円では買えないかもしれないけど、自転車で20万円を超えるといったら既に「普段遣いの実用車」ではなくなってしまい、ちょっとコンビニの駐車場に停めたところで帰ってきたときには無くなっている、という可能性が非常に高い。軽い折りたたみ自転車なんて、盗むのにこれ以上簡単なものはないのだから。しかも単価の高い自転車だとなれば、畢竟、窃盗団のターゲットになりうる。ブロンプトンを買ったはいいけど、盗まれるのが怖くて自宅に置きっぱなし、というのでは何のために自転車を買ったのやら。絶対に盗難されないよう、バイク用の重いチェーンやU字ロックを携帯するのだとしたら、折りたたみ自転車の軽さはスポイルされてしまう。そして、ちょっと近所までの買い物に行けないのなら、それは高価なスポーツ自転車と同じく「転がすだけの自転車」だ。ジャガーのコンバーチブルで近所のスーパーマーケットには行かない。
そんな、私のように15年くらい前に買った自転車カタログに載っていたブロンプトンに興味を持って以来まだ買えていない貧乏人にとって、今年の春に衝撃的なニュースが舞い込んできた。なんと、Amazonでブロンプトン(のコピー)が買えるのだった。
そのお値段、約5万円。本物の1/4。これならコンビニへ行く用事で乗っても良いでしょう。よく見ると、折りたたみ方はブロンプトン方式であるものの、折りたたんだ姿が全然違う。
折りたたみ後の寸法も本物より大きいし、パクるなら完璧にやれよ!と文句の1つも言いたくなる。
私は自転車の製造方法については何も知らないけど、このブロンプトン方式の自転車というものは、そう簡単にコピーできるものではないのでしょうか?
仮説:
- ブロンプトンは、歴史と栄光に満ちた大英帝国の首都ロンドンでしか作ることができない。その折りたたみ方式はダーウィンやマクスウェルを輩出した偉大なアングロサクソン人だけが理解できるテクノロジーであり、他民族には模倣できない。または模倣するものには災厄が降りかかる(たぶん大砲の先端に括り付けられて発射される)。
- ブロンプトン折りたたみ方式は国際的な特許で守られており、他社は真似したくてもできない。時効寸前になると大掛かりなロビー活動により法律を捻じ曲げるディズニーなみの政治力をブロンプトン・バイシクル社は持っている
- 単に需要がない。こんな小さな自転車に興味を持つのは小金持ちのヤッピー共だけである
どうも3なんじゃないかという気がするが、ブロンプトンのWikipediaを読んでいると、コピー自転車を作った会社とはいろいろと裁判をしているようなので1かなという気もする。
この世に実用的な自動車がロールス=ロイスだけしか無かったら私は困る。買えないからだ。ブロンプトン折りたたみ方式は、折りたたみ自転車のスタンダードにして究極なので、民主化してくれなければ困る。創業者のアンドリュー・リッチーは、ブロンプトンは自分の人生だと言っている(のをWikipediaで読んだ)。納得する品質のものを作っていただいて結構。イギリス製造に拘るのならやってもらって結構。それならあなたの作っているものは、ロールス=ロイスやベントレーやマクラーレンと同じという事になる。金持ちしか買えない工芸品の一種だ。
もし、ボルボが三点式シートベルトを自社の特許だとして他社に使わせなかったら?社内のエンジニアが「三点式シートベルトは私の人生だ。私は碌に自宅にも帰らず、工場に籠もって開発を続けてきたのだ!」と言って、断固として他社に使わせなかったら、世界はどうなっただろうか?おそらく世界中で交通事故死亡者が増えたのではないだろうか。偉大な発明であればある程、そこには社会的な責任、全人類の福祉に対する責任というものがある筈で、パテントを開放した上で「本物はこちら」と言って自社製品を売れば、ブランド・ストーリーが大好きな人は買ってくれる。Amazonの商品ページにかかれている、利用者からのQ&Aを見ると「どこ製ですか?」という質問が高確率で載っており、品質管理という言葉を知らない消費者が大勢いることが分かる。だから「工業製品も、郵便ポストも、空も、犬の💩もイギリスの方が上等です!」と言えば、喜んで大枚はたく無知な小金持ちが沢山いるのだ。問題はそこではなく、もしロールスロイスやベントレーが自動車製造に決定的な特許を持っていて、それを使わなければ自動車など作れない、という状況を作っていたら、貧乏人はどうすれば良いのだろうか?幸いにして上記2社はそうではなく、金持ちが満足する工芸品しか作っていないし、それで良いと思う。私にはスズキもダイハツもあるのだから。
私はブロンプトンの民主化を要求する一市民として、コピーを買うべきだろうか?訴えられる前に購入してしまえ、という気はする。