2019年3月 沖縄
2年前に私の家を訪れたドイツ人青年がまた日本へ来るというので、一緒に沖縄へ行ったときの記録。
1日目
成田空港からジェットスターで2時間半、那覇空港へ。一泊6000円(1名3000円)のコンドミニアムという名の日貸しアパートへチェックイン後、国際通りへ繰り出して物見遊山。ドイツ人青年のN.B.が「日本へ来たら焼き肉を食べたいんだ」と言い出したので、国際通りのスターバックスのある角を曲がったところにある、焼き肉ステーション・バンボッシュへ。ここは2000円程度で時間制限付き食べ放題、焼き肉も寿司もソーキソバも同時に取れるような大食いの聖地であるのだけど、この日の客は99%が恐らく上海から大型客船で来た中国人観光客で埋め尽くされており、何か上海の焼肉店へ来たような気がした。ここは上海だと思えば別にいいんだけど。受け付けスタッフが私を見て「ニーハオ」と言ってきたので「日本語で大丈夫です。2名席空いてますか?」と。
ちなみにN.B.が日本に興味を持ったきっかけは(若い世代にありがちな)アニメやビデオゲームなどのサブカルチャーであり「日本のアニメを見ているとシーズン中、温泉へ行くエピソードが必ず1つはあり、行ってみたい」などの名言がある。こんな事を書くと彼がバカだと思うかもしれないので彼の名誉のために言っておくと、メチャ頭良いです。礼儀正しいし、訪れた先の人と文化を尊重します。彼の人格に惚れ込んだからこそ、ちょっとヨーロッパでは見られないようなビーチに連れて行ってあげようと。
2日目
首里城観光の後、那覇バスターミナル近くの喫茶店で軽い昼食を取り、路線バスで1時間、とても荒っぽい運転にハラハラしながら斎場御嶽(セーファウタキ)を見学。「手つかずのジャングルが、もののけ姫みたいだ」とN.B.
その後は野生のパパイヤの木に南国を感じながら近くの海水浴場へ。曇りでイマイチの天気だったけど、シーズンオフの海水浴場は他に人もいないので楽しかった。
夜は那覇市内の居酒屋で夕食。ここ、ゆいレール旭橋駅ちかくの某店は私が初めて沖縄へ来た時に立ち寄った、個人的に思い入れのあるお店。注文は海ぶどう、ゴーヤチャンプルー、島豆腐などドイツのジャパニーズレストランでは食べられないものを。
3日目
待望の快晴。午前中に泊港からフェリーで渡嘉敷島へ。この路線は所要1時間掛かる今回のフェリーと、35分ほどで着く高速艇があるのだけど、この3月、高速艇はメンテナンス中であり、午後の帰りの便でまた沖縄本島へ帰らなければならない。渡嘉敷島の滞在時間は正味2時間といったところで、できれば島内で1泊したかったところ。
渡嘉敷島へ来た理由は、きれいなビーチを見てみたかったので。港からマイクロバスで島の反対側にあるとかしくビーチへ。
とかしくビーチの透明度と言ったら!N.B.は「まるで天国だ」と言っていた。シュノーケルやライフジャケットを借りてシュノーケリングをすると、水深2mくらいの場所から珊瑚が自生していて、周囲には色とりどりの魚が泳いでいる姿が見られた。泳げない私でもライフジャケットがあるので、水面に浮かびながら珊瑚や魚を間近に鑑賞できて感動した。ダイビングにハマる人の気持を理解できた。
泳ぎの得意なN.B.は、ライフジャケットを脱ぎ捨て沖の方まで泳いでいって、海亀を見たと興奮していた。
3月の沖縄は、まだ風よりも海水のほうが暖かく、何か温水プールのような海水浴だった。ライフジャケットで水面に浮きながら青い空を眺めていると、周りには砂浜ではしゃぐ海水浴客の声以外は何も音はせず、「あの世」を信じない私でも「あるとしたら、天国ってこんな感じだろうか」と思った。しかし「渡嘉敷島は天国」は気楽な観光客の台詞であり、島には小中学校が2つのみ、離島には珍しく水田があるが、他に産業はフェリーで来る観光客相手のダイビングショップ、旅館、レストランくらいしか無い。医療機関は診療所があるのみで、帰りのフェリーで島民とおぼしき老夫婦が杖をつきながら沖縄本島へ桟橋を降りていった。もしかしたら泊りがけで大きな病院へ行くのかもしれない。果たしてこれが「天国」だろうか?
展望台へ登る途中N.B.が「こんな所に住んでみるのもいいかなって思うんだよ。農業でもやってさ」と言ったので「この島は観光業以外に産業は無いよ」と夢のない返事をした。学校は中学校までで、進学したいなら沖縄本島の寮付きの高校へ行かなければならない。民家も数えるほどなので、島のコミュニティは息苦しいほどであろうことが想像できる。周囲の噂話ばかりの離島を嫌って、進学を理由に島を出てしまったら、本島の便利な生活に慣れきってしまったら、離島に帰ってくる青年はいるのだろうか?
帰りのバスでは、私達の後ろの席から何やらドイツ語を話す2人の女性の会話が聞こえてきたので、N.B.は振り返って「奇遇ですねドイツ人ですか?」とドイツ語で話しかけていた。ドイツ語は分からないが、言ったのはたぶんそんなところだろう。
今回の海水浴では以下のものが足りなかったため、とても後悔した:
レジャーシート
日除けのために、薄手のパーカ
サンスクリーンクリーム
防水ハウジング付きアクションカム
渡嘉敷島で一泊すること
沖縄本島へ帰った後、私は那覇空港へ直行して飛行機で帰宅、翌日から仕事だった。N.B.はもう一日沖縄を観光した後大阪へ行き、その後は長野の雪山で温泉に入る猿を鑑賞した後旧友と再会するなどして旅行を満喫した様子だった。先日彼からメッセージが来たが、いつか仕事で日本に駐在することを夢に、アニメ鑑賞によるリスニング練習の他にも日本語検定試験の参考書などを読んで勉強していると語っていた。