「プロテスタントは勤勉だから金持ちなのだ」という通説を証拠付きで説明しただけ、と書くとつまらない本のように聞こえる:WEIRD(ウィアード)「現代人」の奇妙な心理 下:経済的繁栄、民主制、個人主義の起源
WEIRD(W西洋で、E教育があり、I工業化されていて、R豊かで、D民主的な)という言葉に代表される「西洋」はなぜ繁栄したのかを、これでもかという「証拠」付きで説明した本、その下巻。図書館で借りたものの、体調不良で読まない日が続いていたが、返却日が迫ったので一気に読み終えた。
他の本やテレビで見聞きしたかもしれない、西洋の繁栄を「勤勉、節制を美徳とするプロテスタント精神」に紐づける言説がとても多いのだけど、著者が言いたいのはその繁栄の理由だった。この本を一言で説明するとそれだけ。このように書くとつまらなく聞こえるが、上巻はポリネシア諸島で住民が信仰している宗教の内容と社会の大きさの比較など、とても興味深かったが下巻はとにかくヨーロッパ、ヨーロッパ、ヨーロッパが一番でござい、その精神を引き継いだアメリカご出身で、著者の名字も「ヘンリック(ヘンリッヒ)」というドイツ系アメリカ人が出自のご自慢かよ、とでも言いたくなった。
下巻の中で著者は、ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」を批判していた;地理的条件は文化の発展に影響を与えるが、なぜ産業革命がイギリスで起きたのかを説明していないと。
ンなモン説明するためにダイアモンドはあの本を書いたんじゃねえよ。根拠のない人種差別的な白人至上主義に対して「もともとの地理的条件が違うのだから仕方がないじゃないか」というのが彼が言いたかったことだ。そこにはダイアモンドの優しさが感じられるが、この本から優しさは感じられない。
そしてこのヘンリッヒだか、英語読みでヘンリックだかいうドイツ系アメリカ人(あの偉大なトランプ閣下と同じじゃないですか、よかったね)は、誰もが通説として聞いたことのある「プロテスタントは勤勉だから金持ちなのだ」を豊富なデータを証拠にして、補強しただけだ。これは革新的でもなんでもない。もし「真実」があるとして、その真実はやはり「プロテスタントは勤勉だから金持ちなのだ」だったとしても、本書はそれをデータから補強したに過ぎない。それはセンセーショナルでもなんでもない。学問とはそのような地道なデータ採集から真実を見出すものなのだ、と言われたらそれまでだが、それでは非プロテスタントの地域が経済的発展を遂げている理由は説明できないだろう。「中国、韓国、日本は近親婚の禁止などの法整備で家族主義が崩壊し、西洋化に素早く対応した」がその理由として書かれているが、イスラム教が主流のマレーシアやインドネシアの経済発展をどのように説明するのか?
世界中の国や地域が、その程度の差こそあれ急激な経済成長を遂げている今、「プロテスタントは勤勉だから金持ちなのだ」などという言葉は葬り去られたはずだが、それをわざわざ墓場から掘り返してきたのがこの本だ。
この長い上下巻の本を読みたくないが概要を知りたい人へTL;DR
西洋が金持ちなのはプロテスタントの美徳が影響している。プロテスタントはキリスト教の一派であり、キリスト教は古代末期からイトコ婚を禁止したことでヨーロッパ人の家族主義を崩壊させた。これにより血筋より法律や代議制、大学が生まれ、それらを「家族・親戚」よりも信頼するようになり、近代社会の元になった。当時のキリスト教の宗教指導者は、この宇宙を作った神はどういうわけか無限の宇宙の片隅のどうでもいい星のどうでもいい砂漠のど真ん中に住むサルの一種どもがどのような性生活を送るのかについてウルトラ心配しており、「お前見たんか?」と言いたくなるのだけどこれが神の言葉だということでヨーロッパ人の血縁主義・家族主義を崩壊させたことで住民の意識が変わり、偶然に私たちが近代社会と呼ぶものを作る土壌を作っていった。一方、そのようなたわごとを信じない(または別のたわごとを信じている)インド南部、中国南部、日本などの灌漑農業を営む住民はお互いが協力しなければならず、真実より集団の和を重視するマインドセットが育まれた結果、彼らは同族企業のように会社の役員を家族親戚で固めることは「イングループを特別視する<身内びいき>」ではなく「信頼できる人物で運営する」ものと思っている。「よそ者」を信頼して多様な意見を聞いたから今日の西洋社会の繁栄があるのだ、わかったか野蛮人ども。水田は腐った植物がメタンガスを発生させて地球温暖化の原因になっているから止めやがれ。パンを食え。以上。
面白い本でしたよ。図書館で借りるといいんじゃないですか。