伊勢佐木町のイタリア式喫茶店と黄金町と20年前のMacの思い出

Hiroki Kaneko
Feb 21, 2021

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座れば500円、立てば250円

今世紀のはじめ頃、横浜・伊勢佐木モールに喫茶店があった。といっても「珈琲館」とか「上島珈琲店」とか、そういったチェーン店ではなかった。今はもう名前も忘れてしまったけど、ウナギの寝床のような奥に細長い1階と2階の店舗で、美味しいコーヒーを出していた。当時日本のスターバックスは羽田空港の、京急羽田空港駅改札を出てエスカレーターを登って右側の細長い店舗しか無かった頃だ(今はコンビニになっている)。
面白いのはその料金で、座席に座ってコーヒーを飲むと500円、立ちのみカウンターで同じコーヒー飲むと250円だった。値引きされた250円はテーブル料、ということで、イタリアではこのような形式だという。後年になってイタリア旅行へ行った時、本当にイタリアの喫茶店はこのような仕組みになっているのか確認すればよかった。

その頃の私は思春期の頃から続く自己肯定感の低さにより周囲や社会とどのように折り合いをつけて生きてゆけば良いのか分からず、かといって金は稼がねばならない、というのでスーパーマーケットに置いてある無料の求人誌など眺めて、冷や汗をかきながら恐る恐る電話をして、誰でもできそうな仕事を落とされ、そうしてどうにか採用されて働き始めた頃だった。

さびしすぎてレズ風俗へ行きましたレポ/永田カビ

似合わぬスーツなど着ると、何か自分が「サラリーマンのコスプレ」をしているようで外を歩くのが気恥ずかしかった。仕事というのはアルバイト待遇のWebサイト構築で、その会社は近くの黄金町の風俗店のWebサイトの作成とメンテナンスを扱っていて、風俗店というと今では待機場で嬢たちが手遊びにスマホをいじる姿が定番でもあろうけど当時はガラケーがいいとこで、男性店員などは何か、田舎から出てきてすぐに就ける高収入の仕事というので始めた若者あるいは安部譲二のような顔の筋(すじ)モンしか居なかった頃だ。このどちらのタイプの人間もPCやらネットやらには詳しくない。そして当時はようやくネットによる「出会い系サイト」の黎明期であり、であるから今より風俗業界が潤っていた頃なので、店舗へのPC導入(会社の趣味によりカラフルなiMacだった)から何から、一般的なWebサイト構築よりも高い金をふっかけても向こうは払ってくれたのだ。

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「これがWeb業界か…」と勘違いしていた私は、自分用PCとして“フラワーパワー”iMacをあてがわれ(かわいい!)当時の動的なWebサイト、それはCGIを通してPerlスクリプトを書けば嬢たちの出勤情報が自動化できるとか、その程度のシロモノだったのだけど、前世紀からRubyのアーリーアダプターだった私にはPerlに触れる機会というのがRubyより後に訪れ、その変数の型によって接頭辞に$とか#とかいう記号が付くのは美しくないな、と思いながら簡単なスクリプトを書いていた。あの程度のスクリプトも書けない奴らが当時の「Web業界」のマジョリティであるので、私のような素人でも重宝されたのだ。今だってそんなに変わっていないのかもしれない。だって、少しネットを検索すれば「Web制作」とはWordPressのメンテナンスの事であり、PHPでWPプラグインでも書ければ重宝される程度の話なんでしょ?

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昼休み、どこで何を食べよう…と伊勢佐木モールを彷徨っていた頃によく入ったのが上述の喫茶店だった。何しろコーヒーが美味しかったのだけど500円は高いな、と思っていたのでいつも立ち飲み、たまの贅沢で2階のテーブル席でコーヒーを飲んでいた。「一杯500円のコーヒーを、自分で稼いだ金で飲んでいる!すごい!」と感激したものだった。

結局その仕事はWeb制作に口を出し続けた柔道家の佐竹雅昭のような顔をした営業の男の「運動部系のノリ」が嫌いですぐに辞めてしまった。

その後の私はPowerMac G4 Cubeが欲しくて年末にヤマト運輸のベースで日雇いアルバイトなどをしていたけど、結局カネが貯まる前にG4 Cubeは生産中止になってしまった。

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ポリカーボネートで外側を作ることにより空中に浮いているような視覚効果を与えるG4 Cubeは、今見てもきれいだ。“ゴミ箱”はもとより、“チーズおろし金”の現行Mac Proよりきれいだ。

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当然だ、これがフロッグデザイン直系というか、ジョブズの美意識だからだ。そのNeXT Cubeを彷彿とさせるデザインを、ぜひとも手に入れたい!という「フェラーリに乗りたい子供の夢」と同じ欲望はいまだ満たされていない。1988年、小学校5年生の頃に雑誌の写真で見て、当時、日本の販売代理店*1だったキヤノンゼロワンショップでひと目見かけただけのNeXT Cube、そのシステム一式400万円也は、一生買うことはできないと思っていた後に、売価198,000円也のG4 Cubeも結局買えなかった。

*1 NeXT創業時にキヤノンが出資したので。そんな出資者に対して「日本人は腐った魚のような目をしている」と今どきトランプでも言わない人種差別的台詞を言い放ったジョブズであった。どうもありがとう。もうすぐお前は膵臓がんで死ぬぞ。

その後私はしばらく無職状態が続き、翌々年にSIer下請け会社にどうにか潜り込み、嫌いなWindowsを「明日のメシのため」に嫌々使い続け、2年前に辞め、金が尽き、今はまた、自営業のSEとして働いている。そして未だにWindowsばかり使い、コードを書くのかと思ったらExcel方眼紙に向かってフロー図など作って資料作りばかりしている。
だからWeb業界というものが今どうなっているのかも知らない。もっと言うと、Webというものがどうなったのかもよく分からない。Webといえば、スマホアプリでYahoo!で天気予報や路線情報を見て、Googleニュースを見て、YouTubeでペットの動画を見て、Facebookで友人の近況を見る。そんな程度だからだ。ブログというのも、今私が書いているこれはブログでもあろうけど、日本人でmediumなんて使っているのは数十人/1億2000万人しかいない。では他のブログサービスを見ると、note.comなどは「私が今一番イケてる会社で1年間働いて気付いたこと」といった、キラキラした、リアリティの無い嘘っぱちの読む価値もない記事ばかり出てきた。皆さんはこんなモノが読みたいのか?人生というのはもっとこう、失敗したり挫折したり苦悩したりしてあがき続けるものじゃないのか?私が特別に要領が悪く、殆どの人は人生とはもっと簡単なのか?どうも、そうではないと思うけど。私が読みたいのは、生の人生が絞り出した言葉だ。ちなみにはてなブログは「田舎のガッコじゃ優等生だとチヤホヤされていたが東京へ行ったらもっと凄い奴が沢山いて挫折した」といったルサンチマンのたまり場なので好みではない。Twitterは、自分以外には何のことやら文脈が理解できない独り言を呟いている場所に見えるので、読まない。

しかしすぐにべつのことに気づいた。私の行動のアルゴリズムはトカゲよりはるかに複雑だとはいえ、私がトカゲを単純だと思うのと同じくらい私のことを単純だと思うきわめて聡明な存在がいてもおかしくない。そう考えれば考えるほど、トカゲと自分が似たもの同士だと思えてきた。どちらも自分で選んだわけではない世界に放りこまれ、自分で選んだわけではない行動アルゴリズムの指示を受け、今あるもので精一杯やりくりしている。私はそれまでトカゲに感じたことのない親近感のようなものを覚えた。

ロバート ライト. なぜ今、仏教なのか 瞑想・マインドフルネス・悟りの科学 (Japanese Edition) (Kindle の位置№3523–3527). Kindle 版.

どうですか皆さん、自分で選んだわけでもない世界に放り込まれ、手持ちの武器だけで精一杯やりくりしていますか?私はしています。

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Hiroki Kaneko
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Written by Hiroki Kaneko

自営業のソフトウェア技術者。Airbnb TOP5%ホスト。サイクリングと旅行が趣味。

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