再読「21世紀の啓蒙」ニーチェを中二病と切って捨てるピンカーのカッコよさにしびれる
帰省した折、実家の自室で「21世紀の啓蒙」を再読した。何度読んでもこの本を読むと、未来に絶望せず希望を持とうという気になる。真実軽視のトランプ主義*はびこる今こそ、理性により世界を把握する啓蒙主義が必要(原題は“Enlightenment Now”)であると主張する内容だ。
そして、啓蒙主義の敵であるとしてニーチェを中二病呼ばわりして切って捨てるところが痛快だ(橘 明美, 坂田 雪子訳では「思春期病」、shorebird訳では「悪ガキの中二病的主張」)。
以下がピンカーによるニーチェ評である:
a transgressive adolescent who has been listening to too much death metal, or a broad parody of a James Bond villain like Dr. Evil in Austin Powers.
不良の中二病、デスメタルの聞きすぎかオースティン・パワーズのDr.イーブルのようなジェームス・ボンドの敵役…(拙訳)
どうしてこんな脳ミソが中二のアホの影響を受けた奴らが第二次大戦をおっぱじめて、数千万人が死ななければならなかったのか?
そんなニーチェの御高説は、こうだ:
重要なのは善悪を越え強い意思を持ち英雄的栄光を達成する超人なのだ.このような超人によって人類種のポテンシャルは実現でき,より高みに達することができる.栄光は,病気を直したり,飢餓を解決したり,平和をもたらすことではなく,芸術的マスターピース,軍事的征服によってもたらされる.西洋はホメロスの古代ギリシア,アーリア人の戦士,バイキングの時代から凋落を続けている.特にキリスト教的な奴隷の道徳性,啓蒙運動の理性の崇拝,19世紀のリベラル運動によって凋落は加速化された.これらは退廃を生んだだけだ.
糞して寝ろ。
まるでアニメに出てくる悪役のような安っぽいセリフだ。
しかしこれをいい年したオッサンが大真面目に書いており、それに感化されるオッサンが大勢いたおかげで20世紀は戦争の世紀になった…少なくとも遠因になった。少なくとも20世紀の独裁者が大いに影響された。
私はあの「御高説」を読んだら、笑ってしまう。いかにも少年漫画とかラノベとかアニメに出てくる悪役に感情移入した中二が興奮しそうな内容だ。しかし上記は中二が授業をサボってノートに妄想を書いているわけではなく、いい年したオッサンがいい年して書いているし、ある性質を持った読者は「襟を正す思い」で、この中の妄想に感化される。ある性質とは?脳ミソ中二病のアホだ。栄光とか英雄とか名誉とか、糞の役にも立たない妄想に「命を懸ける」と言う。実はその態度は、敵に対する「私をナメると痛い目にあうぞ」というディスプレイであり、原始時代の隣村との戦争には自分に危害を与えられなくなるような状況づくりに有利な行動であったが、現代においては戦争のリスクを高めるだけであり、百害あって一利なし。
最も特筆すべきは,ニーチェは第1次世界大戦を招いたロマンティックミリタリズムと第2次世界大戦を招いたファシズムを鼓舞したことだ.ニーチェ自身はドイツのナショナリストでもユダヤ排斥主義者でもなかったが,ナチズムによく引用された.ムッソリーニはイタリアのファシズムとニーチェの思想の関係をはっきり認めている.あまり知られていないが,ボルシェビキとスターリン主義にも影響を強く与えている.暴力と力の栄光,民主制の破壊,ヒューマニティの蔑視などニーチェの思想と20世紀の大量虐殺の関係は明らかだ.
https://shorebird.hatenablog.com/entry/2019/07/29/201939
こういう、綺麗事を通り越して滑稽なだけの癖に、刺さるやつには襟を正して聞いてしまう魅力を持ったクソ妄想の事を何と呼べばよいのか私には皆目検討もつかず、ただ「カッコつけてんじゃねえよ」と言う他なかったが、「ロマンティックミリタリズム」と呼ぶのですね。しかし現代日本語スラングにはもっと的確にそれを表現する言葉がある。
「中二病」で十分だ。
中二病(ちゅうにびょう)とは、「(日本の教育制度における)中学2年生頃の思春期に見られる、背伸びしがちな言動」を自虐する語。
転じて、思春期にありがちな自己愛に満ちた空想や嗜好などを揶揄したネットスラング
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%BA%8C%E7%97%85
だって、こんなの、どこのアニメだよ。こんなのが好きな奴って、ただのオタクじゃねえか。妄想ばかりで現実を見られないただの馬鹿。
「ロマンティックミリタリズム」だとカッコ良すぎるので、「中二病」と呼ぼう。
ニーチェの思想はモラルの最初のテストにすら合格しない.私がニーチェと対面できればこう言ってやっただろう.「私はあなたの言う超人だ.冷静で厳格で感情を持たない.あなたの言う通り私は小人どもを虐殺して英雄になろう.そしてまずあなたから血祭りに上げるのだ,もしあなたが私がそうすべきでない理由を挙げることができれば別だが」と.
かっけえ!ピンカー先生、かっけえ!草思社版は「まずはあなたからだ(略)あなたのナチズムかぶれの妹も放ってはおかないつもりだ」とも書いてある。ユダヤ系の怨念を感じる。とはいえピンカーはユダヤ教徒どころか無宗教だ。
実際に多くの20世紀の芸術家とインテリは全体主義独裁者を賛美した.(独裁者を賛美したインテリたちのリストが載せられている.バーナード・ショーとイーツ→ムッソリーニ,ショーとHGウェルズ→レーニン,ショーとサルトルとピカソ→スターリン,サルトルとルウォンティン→毛沢東,サルトル→カストロあたりが目を引く)
https://shorebird.hatenablog.com/entry/2019/07/29/201939
ニーチェ思想に影響を受けたインテリとして、日本人作家からは三島由紀夫の名前も載っていた。楯の会!ロマンチックミリタリズム!中二病!ピエール・カルダンがデザインした制服でカッコつけたところでその背丈じゃイトーヨーカ堂で買った地元中学校の制服と何が違うんだよ、ドチビ。
なぜ私の祖父の兄は、こんな中二病の奴らの妄想の為に戦争で死ななければならなかったのか?ふざけるんじゃねえよ中二ども。深夜アニメでも見てろ。
そしてニーチェを追い払おう.ニーチェ思想は鋭く真正っぽくそして邪悪だ.片方でヒューマニズムはイケてないかもしれない.しかし平和と愛と理解のどこがおかしいというのか.
https://shorebird.hatenablog.com/entry/2019/08/07/070703
現実世界は英雄たちが世界の命運を賭けて超能力バトルするような世界ではない。それをカッコいいと思う事など、大人として恥ずかしい。
いい年して中二病のアホどもより、中学を卒業してすぐに働き始めて、10代で結婚して地道に働いている田舎のヤンキーカップルの方が余程現実を見ている。アニメの世界から抜けられないアホ共と、地道に働いて家族を養う奴と、より「真実の世界」が見えているのはどちらだ?
大人になれ。
*)’Trumpism’を、この本ではカタカナで「トランピズム」と訳した。日本語的にはプ→ピと文字が変わってしまい、一体何のことなのか分からなくなってしまう。これは「トランプ主義」で良いだろう。同様に’Greenism’を「グリーニズム」としているが、これも「グリーン主義」としなければ日本語話者には分かりづらい。