有料サロンとしての仏教:智慧と慈悲の開発レッスン―過去に悩まず、未来を期待せず、現在に生きる

Hiroki Kaneko
8 min readJul 6, 2019

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お釈迦様は、悟りを開いてから涅槃に入るまでの四十五年間、人々に「偉大なる真理」を説き続けられました。なぜそれができたのかといいますと、在家の方々のお布施があったからです。また、お釈迦様には大勢の出家の弟子たちがいました。彼らを支えたのも在家の信者さんたちです。出家者が修行をするためには、身体を維持しなければなりません。食べものや飲みもの、薬、衣、住むところが必要です。その生活に必要な衣食住薬を、在家の信者さんがお布施して支えていたのです。 そのおかげで、偉大なるお釈迦様の教えは、二五五〇年以上たった今日になっても、色褪せることなく脈々と生き続けています。

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ニートが生きていられるのは親のおかげ。出家信者が生きていられるのは在家信者のおかげ。

そして現代に生きる私たちも、当時お釈迦様が説かれた真理を実践して、幸福に至ることができるのです。ですから出家者にお布施をすることは、仏教そのものを守る大変尊い行為であり、その徳はものすごく高いのです。

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出た!これが全ての信者ビジネスの真髄、「お布施は良いことと言うこと」だ!仏陀から堀江貴文に至るまで、この言葉を発さなかった信者ビジネスの胴元は居ない。

12,000年前に始まった農耕により、人類には余剰食料を蓄えることができるようになった。そのおかげで王侯貴族、学者、政治家、宗教家、ニートといった様々な非食料生産労働従事者を養うことができるようになった。
それまでは誰であろうと全ての人間が狩猟採集活動に従事しなければ自分を養うことが出来なかったのだから、これが人類のひとつの転機でもあるだろう。農耕がなければ宗教も無かったのだ(※1)。少なくとも世界宗教のようなものはありえず、部族の間だけに通じる先祖崇拝のようなもの以外には発展しなかったのではないか。

しかし、もう、こんな他人にすがった生き方は止めにしないか?「お布施は良いこと」と言っておきながら、蓄財する事を批判する。つまり、財産を全部よこせと言っているようなものだ。

「昔はお布施に頼るしか生きる道のなかった私たち出家信者ですが、今では独占企業AmazonのおかげでKindle電子本の売上により結構食えています。信者の皆さん、お布施はもう結構。Kindle Unlimitedに入って私の本を読むだけでチャリンチャリンと私に収入が入って来ます。一人ひとりにお礼を言うことは出来ないけど、少しでも良い本を書くことがお礼だと思っています。Amazonの市場独占により倉庫の中で過酷な労働を安い給料で強いられている人たちもいるようですが、これがロボットに入れ替わったらmanual laborは失業するだけなので、現状に満足しろって仏陀も言っていたじゃないですか。がんばれー(棒)」

ぐらい言えないのか?こういう宗教法人は渋谷のメチャ家賃が高そうなところに施設を持っていたりして、税金逃れしてやりたい放題だな。

仏陀も、それから2600年に渡る出家信者達も、なぜ「自分の利益になることを神聖化して信者に教え込む」ような下品な事をするのか?
なぜ「私は非食料生産労働従事者です。ニートです。宜しければ食べ物を恵んでくださいませんか。代わりにあなたの悩みには親身になって一緒に考えます」と言えないのだろうか?「私は神聖なので私に施すことは神聖な行為です」なんて、お前は一体何様のつもりだ。「私はあなたに尽くします。だから、あなたも協力してもらえませんか」これで十分だ。

だいたい仏陀の時代、その教えを文字で保存することは禁じられたので、布教するためには出家信者達を金銭的にサポートする必要があった。仏陀入滅後、数百年だか経って、誰かが禁を破って仏陀の教えを文字に保存した。そして今、Amazon Kindleで、どこでも誰でもKindle Unlimitedに入れば読めるんだ。そして著者にはロイヤリティが入る。もう時代が違うんだよ。自分で稼げる時代なのだから自分で稼げよ。
信者ビジネスを「尊い」だなんて、これだから宗教は信用ならない。

人間は自然も変えようとしています。山林を伐採して道路を建設したり、トンネルを掘ったり、石油を掘ったり、海や沼を埋め立てて陸地をつくったり、次々に自然を変えるのです。 それで人間は幸福になったでしょうか。科学技術が進歩して、生活は確かに便利になりました。でも、こころの安らぎや安心感だけはないのです。私たちが毎日食べている穀物や野菜は、本来人間の身体にいいもののはずですが、今は農業技術が発達したために、田畑に多量の農薬や化学肥料を撒いていますから、いいものであるはずの農作物に毒がたっぷり降りかかっています。ですから安心して食べられない状態になっているのです。 そこでそうした農薬を避けるために、最近は無農薬の野菜や食品も人気があるようです。しかしそれもほんとうに無農薬かどうかちょっと分かりません。中には「無農薬というラベルを貼れば儲かる」と考え、ラベルを張り替えて商売している悪い人たちもいますから、あまり信頼できないのです。 ですから無知な人たちが農業を改革しよう、経済を成長させよう、科学を発展させよう、生活環境を改善しようとすると、世の中は混乱して危険な状態に陥ります。大量化学兵器は誰がつくったのですか。無知な科学者たちです。そのために大勢の罪のない人たちが犠牲になり苦しんでいるのです。

Alubomulle Sumanasara. chietojihinokaihatsulesson: kakoninayamazumirainikitaisezugenzainiikiru serieskokorowosodateruhon (Japanese Edition) (Kindle の位置№875–887). Japan Theravada Buddhist Association. Kindle 版.

農薬、化学肥料批判もいいけど、そのような「緑の革命」によって飢える人が大幅に減った事は忘れてないか?道路を作ったおかげで僻地に住む人間が急病になっても救急車で病院へ行けるようになった事は忘れていないか?

そもそも農耕のおかげで余剰食料ができ、それなしでは宗教家のようなニートは生きられないという事を忘れていないか?それを否定する事は自分が餓死する事だと分からないのか?

物事には良い面と悪い面の両方があり、どちらか一方しか伝えないような本、言説、人物には近寄らないことだ。科学技術にも良い面と悪い面がある。なぜ悪い面しか伝えないのか?そのような偏った考えの人間が、「智慧がある」?ご冗談。

「仏陀は差別にも戦争にも反対」と言っていますが、それから2600年、仏教のおかげで差別も戦争も無くなりましたか?何も変わってないよ。前世の因縁だとか、くだらない形而上学を持ち出したせいでインドではカースト制度が複数世代に渡って固定化してしまったじゃないか。「仏教は社会変革運動ではなく東洋哲学の一種であり、それをどのように実践するかは個人に依るので責任はない」と言いたいのなら、仏教に何の力も無かったということだ。だいたい「悟り」だって自己申告制であり、史上悟った仏教徒は一体何人いたのやら。

アンタが「障害者は前世の因縁」と書いた事は忘れないからな。

(※1)トルコのギョベクリ・テペ遺跡が発見されてからこの説も怪しくなってきた。狩猟採集民であっても巨石を用いた神殿を作れることが証明されてしまったからだ。

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Hiroki Kaneko
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Written by Hiroki Kaneko

自営業のソフトウェア技術者。Airbnb TOP5%ホスト。サイクリングと旅行が趣味。

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