紋切り型の”青い目が見た不思議の国ニッポン”・日本の女性差別、どうすればなくなるか? — BBCニュース
“日本の女性差別、どうすればなくなるか?”
→森みたいな哀れな老人が(あらかた)死ねば(あらかた)なくなる。
“安倍晋三前政権では「女性が輝く社会」を目指したにもかかわらず、なぜ日本では女性差別がなくならないのか?”
→「女性が輝く社会」など口だけだから。議員やら内閣の男女比を見ればわかる。あんなの本気にしてる奴なんているの?
なぜわかりきったことを書くのか?くだらない。
根本原因は当人たちが差別だとは思っていないからだ。
なぜ差別だと思っていないかというと、当人が若い頃は、あの発言は全く差別ではなかったからだ。
なぜ若い頃の常識を引きずるのかというと、人間の脳がそのような仕組みになっていることに加え、進歩というのは毎日少しずつ進行するので半世紀後に振り返ってみてようやく気づけることだからだ。
以上説明終わり。以下読み飛ばしてください。
森喜朗が若かった頃の日本社会では「女がいると会議も決まらねえな」と発言したところで、周囲の誰もそれが女性差別だとは思っていなかった。そういう時代だった。悪い時代だったとか、後知恵でならなんとでも言える。しかしそれにすら気づかないから「当時」なのだ。後から見れば自明のことであっても当時に気づく人間なぞいない。だから当時の人間を責めるのはやめよう。
ところが時代が変わり、そのような性別、国籍、その他カテゴリ分けしてステレオタイプに考えることは差別だと思えるくらい世の中が進歩した。他者の気持ちを慮(おもんぱか)ることができるようになった、これが進歩でなくて何なのか。
しかし問題なのは「今日から世の中のルールが変わりました!」とは誰も教えてくれないのだ。悪いことは一瞬で起こり、進歩は毎日少しずつ進行するものだから、半世紀後に振り返ってみてようやく進歩の事実に気づく。これは毎日新聞の見出しや下らないSNSばかり追っている人間には気づけないのは当然だ。
そして殆どの人間は、自分の脳ミソが一番活発に活動していた若い頃の常識を死ぬまで引きずってしまう。だから昔の常識のままで脳ミソがアップデートしない奴は老害だとか言われ、周囲から煙たがられ、ついには「葬式の度に社会は進歩する」と早く死ぬことを期待される。
皆の周りにいるでしょ?25年前くらいのファッションをずっと続けているオッサンが。私のことだ。
自分の若い頃の常識というのを生涯引きずってしまうのは仕方がないことだ。
今なお男性優位社会の政財界では女性蔑視発言が絶えない。経団連の中西宏明会長は、森氏の発言について「日本社会の本音が出た」と印象を語った。
日本社会の本音じゃねえだろ。なんでも問題を一般化して分かった気になるな。「時代が変わったことに気づいていない哀れな老人が愚かな発言をした」が正解だ。森は日本社会の代表ではないし、一応首相だった時代はあったが、「インターネット博覧会インパク*」だとか、技術音痴の老人であったのは当時から何も変わらない。
*このあいだ、某県県庁に行ったらまだ「インパク」のポスターが貼られていており戦慄した。
「みんなで学ぼうIT講座」(http://www.itkoza.go.jp/)は政府の用意したものの中でも珍しく、2008年まで存在したコンテンツである。このコンテンツは当初「総理と学ぼう!やさしいIT講座」と題してIT革命を旗印に掲げインパクのCMにも自ら出演した内閣総理大臣(当時)森喜朗をキャラクターに起用したものだったが、2001年4月26日に森内閣が総辞職したことに合わせ一部内容を変更した。
このようなクソ下らない事業を税金でやってました。やるのは勝手だからお前のポケットマネーでやれ。技術音痴はこの21世紀には生きていけないから引っ込んでろ。
神尾議員はアメリカから帰国した2016年、当時3歳だった息子の保育園を探していた最中に、働く親世代の声が政治に届いていないと感じ、選挙に出る決心をした。
日本社会の女性進出率は、世界的に見ればイスラム教国に次いで世界最低レベルだということに気づくのはこういった海外在住経験のある人ばかりなんだよな。そこで「問題は日本在住の日本人女性にもある*」とか書くと、これまた差別だとかセカンドレイプだとか言われてしまうので記事には書けない。これが難しいところで、「何が差別か」を皆で合意しなければならない。
*誤解されそうなので注釈しますが、男女の機会が均等ではないことを問題視していない当の本人の割合が非常に多い、と言う意味で書きました。「お前が扇情的な格好で外を歩くから強姦被害にあったのだ」的なセカンドレイプを言いたいわけではありません。
海外メディアとして、アメリカの記事を日本語訳しただけのCNNとは違い、BBC日本語ニュースは日本の出来事の記事をかなりの本数、作っているのだけれど、その視点というのはどうしても皇室、国内政治、日本文化といった「青い目が見た不思議の国ニッポン」といった高度経済成長期の感覚でズレてんなあと感じる。もっとも私がイギリスについての記事をかいたところで、当のイギリス人から見ればズレていると思われるだろうから同じことだ。
そういった次第で、進歩的ではないオジイちゃんに何かやらせるのはもう止したほうがよろしいかと。私のことも、昔のファッションをしているからという理由で非難されましても仕方がない。順番に墓の中に入りますので許してください。あとオリンピックというかスポーツもインパクと同じくらいのクソだと思っているのでどうでもいいです。スポーツにクソほどの価値もない。いい年した大人が全力疾走するなんて恥ずかしくないの?