読書ノート:これがすべてを変える 資本主義 vs. 気候変動(下)/ナオミ・クライン著 (3)

Hiroki Kaneko
9 min readFeb 1, 2020

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第13章 命を再生する権利

ここでいきなり著者は自分語りをはじめ、何年にも及ぶ不妊治療の経験を吐露する。著者が「生殖工場」と呼ぶ不妊治療クリニックで色々試したが効果なし。その後はメキシコの原油流出事故現場を取材したので、有害な化学物質が流産を引き起こしているのではないかと疑ったり(何の化学物質がどのように母体に影響を及ぼすのかの説明は一切なし)、飛行機に乗ったことで、放射線を浴びたことを疑ったり(やはり飛行機は体にも地球にも悪なのだ!として以来、飛行機に乗ることを控えたそうな。ご自由にどうぞ…)、そして流出事故で死ぬ海洋生物のゾエア幼生が成体になることなく死んでゆくことを自分の流産と重ね合わせ、更には「母なる地球」という考えから自然=女性、海=羊水と考え…もういいですか?その後妊娠、出産したが、何が良かったのかはよくわからないと。

困ってしまうのは彼らグリーン主義者は「自然=絶対的な善」だと考えているところだと思う。自然というか、宇宙の法則に善も悪も関係ない。善悪、道徳の概念は「人間にとって都合が良いか悪いか」だけであり、非情な宇宙の法則にとって、人間などどうでも良い。広大な宇宙の片隅の銀河系の端っこの腕の端っこの太陽系にある恒星のに近くもなければ遠くもない場所にある小さな星に住むサルの仲間の命運など、宇宙にとってはどうでも良いことだ。古代人はそのような「我々は非情な宇宙に生まれ、エントロピーの法則に逆らい、なんとか命をつないできた」的な宇宙観を持たなかったので、宇宙を作り出した神は広大な宇宙の片隅の(略)そのまた中東地域の現在イスラエルと呼ばれる地域に住む一部族にのみとてもご執心で、それ以外はたとえばアメリカ大陸についてなどは一言も言及しない、という幼稚な妄想をしがちである。「自然が絶対的な善である」という考え方は「自部族のみ気にかける神」と同じ幼児性を感じる。自然が生み出した人間の行いはすべて自然であり、そこに良いも悪いも無い。ただ、自らの行動が自分たちの生来を危うくしているとしたら、どうすればよいのか?地球規模の問題は道徳の善悪で超えられるはずもなく、人間の本性も考慮に入れた上での制度作りしかないように思われる。

というわけで、私は言われたことはすべてやった。ヨガ、瞑想、食生活の改善(定番の小麦粉、グルテン、乳製品、砂糖を断ち、もっと深淵で意味ありげな細々として約束事も守った)。鍼治療に通い、苦い漢方薬を飲み、キッチンカウンターには粉薬やサプリメントがずらりと並んだ。住まいもトロント市内から、ブリティッシュコロンビア州の田舎に移した。一番近いとか今ではフェリー、いちばん近いホームセンターまで車で20分。

どんなに環境的な犠牲を払えと言ったところで「車を手放して自転車で移動することにした」とは絶対に言わない北米在住の著者。
フランスの不便な田舎町に住んでいたが思うところあり、車を手放し、以後は自転車のみに乗って、菜食主義者になり、自転車で3年かけて世界一周旅行をしたアランというジャーナリストに私は会ったことがあるので、ナオミ・クラインの「ファッション・エコロジスト」ぶりには鼻で笑ってしまう。

環境負荷の低い暮らしをしたいのなら、田舎に住むべきではない。自家用車で移動するより公共交通機関で移動したほうが1人あたりの環境負荷は低いし、都市にすべてのものが集まっている方が、効率が良いし、農業も小規模な畑が分散するより大規模農業にしが方が効率が良くて、結果、環境負荷が減る。キーワードは「密度」だということを、地産地消だとか田舎暮らしだとかを「地球に優しい」と考えている人たちは、どう思っているのか。彼らの好きな「自然農法」で、穀物の品種も改良品種ではない、生産性の低い品種を、化学肥料も使わずに育てたところで、彼らの望む世界になるのか?

「緑の革命」のおかげで、わたしたち人類は以前の三分の一以下の面積で同じ量の食料を得られるようになった。言葉を換えれば、1961年から2009年までに世界の農地面積は12%増えたが、収穫量のほうは300%増えた。より多くの食物をより少ない農地面積で育てられるようになったことは、飢餓対策として有効なのはもちろん、広い視野で言えば地球にとっても好ましい。農地には牧歌的な魅力があるものの、実体は森林や草原を犠牲にして広がった生物学的砂漠である。その農地が今や一部の地域で減少し、温帯林が復活しつつある。もし農業効率が50年前と同じままだったら、今日の農産物収穫量を確保するために、人類は米国、カナダ、中国を合わせた面積(ロシアの1.7倍)の土地を追加で開墾しなければならなかった
21世紀の啓蒙 第7章より

その後、著者のような人が大好きな自然農法を取材。単一作物による農業は害があり、野生のような背の高い小麦品種を作り出すことで多年生の小麦を作ろうとする研究所が…。そしてこれこそが問題だらけの大規模農業が始まる前の、農業本来のあるべき姿だと…。

改良品種の小麦を作ったことによる「緑の革命」を起こして10億人を飢餓から救ったノーマン・ボーローグが聞いたら何ていうでしょうね?台風や天気に左右されない、日照時間に無頓着で風でも倒れないよう茎が短く、収穫量の多い小麦を作り出したからこそ、10億人を飢餓から救えたのに。その「農業本来のあるべき姿」の小麦の収穫量について、既存品種との比較は何も記述なし。ボーローグの言葉を引用する:

西欧の環境ロビイストの中には耳を傾けるべき地道な努力家もいるが、多くはエリートで空腹の苦しみを味わったことがなく、ワシントンブリュッセルにある居心地の良いオフィスからロビー活動を行っている。もし彼らがたった1ヶ月でも途上国の悲惨さの中で生活すれば、それは私が50年以上も行ってきたのだが、彼らはトラクター、肥料そして灌漑水路が必要だと叫ぶであろうし、故国の上流社会のエリートがこれらを否定しようとしていることに激怒するであろう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%91%E3%81%AE%E9%9D%A9%E5%91%BD

終章 跳躍の年

最後に著者は、この気候変動への対処を、アメリカの奴隷解放運動と同一視する。気候変動で最も被害を受けるのは、地球上でもっとも貧しい人々である。こんな不平が許されるのか。いや、私も許されないと思う。しかしその解決策が「環境破壊の張本人(欧米諸国、大企業)に払わせることで富を再分配しなければならない」と善悪の問題にこだわったばかりに、炭素税の導入に反対するという愚を犯したのであっては、私は支持できない。

そして著者は、これは数百年続いたイデオロギーである「現代の奴隷制」からの解放運動と位置づける。「地球のためのマーシャル・プラン」と言う言葉が出てきて、明後日の方向を向いてしまった著者に私の目は泳ぐ。
「突然、誰もが」現代の問題に目覚め、小さな動きがやがて大きなうねりとなって…もういいですか?私、 帰りの電車がなくなる時間なので帰りたいんですけど。あなたはマイカー通勤なので終電とか関係ないのでしょうね?
もう一度「21世紀の啓蒙」を引用する:

なかには、わざわざそのような方法をとらなくても、良心に訴えかけさえすれば、誰もが必要な犠牲を払おうとするはずだと、夢見る人もいる。しかし人間には公共心があるとは言え、数十億の人々が自分の利益に反する行動を一斉に取るはずだという甘い期待に、地球の大事な運命を託するのは浅はかすぎないだろうか。

そして、著者の問題点とは「悔い改めよ。滅びの日は近い」と、どこかで聞いたような宗教的な主張を繰り返し、滅亡への恐怖(最も強力に人を酔わせる物語(ナラティブ))で人々を煽り、それにより問題が解決すると信じているところにある。
その結果が、グレタ・トゥーンベリをはじめとする世界中の「気候正義戦士」たちや、「絶滅への抵抗」運動だ。そして意味のない自己犠牲をして、自分の正しさを仲間にディスプレイして終わる。そうだね、人類600万年の歴史の中では、その行動でだいたい良かったんだけどね。もう社会は狩猟採集生活ではなくなったのだから、あてにならない直感に頼るだけではだめだ。もう一度、21世紀の啓蒙から引用する:

人々が地球温暖化の事実を認めやすいのは、どんな恐ろしいことになるかを警告されたときではなく、この問題は政策と技術の革新によって解決できるといわれたときである。

人々に恐怖だけを植え付け、「環境問題は左派のイデオロギー」という政治的レッテルを貼ってしまった結果、右派の協力が取り付けられず結果として失敗したのがアル・ゴアの「不都合な真実」ではなかったのか。ナオミ・クラインは今それと同じ轍を踏もうとしている。環境問題は道徳問題ではなく技術、制度で解決できる問題であり、政治は関係ない。「1足す1は2である」という事実を信じる派と信じない派に分かれて政治問題にするのか、バカバカしい。そして問題は解決できると信じることは「自分は神であると勘違いした人間の思い上がり」ではない。

問題は解決可能だと捉えることで、対処しようという気にもなる。統計的に物事を考えられない著者は問題を見誤るし、問題を理解できていないのだから解決策も正解なはずがない。
今回は下巻のみを読んだが、上巻を読む必要は無いと判断したし、本書の後に成立したトランプ政権の誕生に対して物申す、著者の最新刊「NOでは足りない」も、読むに値しないと判断した。

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Hiroki Kaneko
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Written by Hiroki Kaneko

自営業のソフトウェア技術者。Airbnb TOP5%ホスト。サイクリングと旅行が趣味。

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